政策に科学的なデータはどの程度必要か?―――神奈川県がゲームソフトを有害図書に指定したことに関連する疑問点・問題点について―――

経緯

まず,経緯については毎日のこの記事がまとまってるかなぁと。
要するに,神奈川県が,巷で話題になってる残虐性の高そうなソフトを適当に選別して,その中でも特に問題だと思われるソフト1本を決定。で,そのソフトを有害図書指定するために審議にかけた。で,実際に規制対象になった。で,この影響がほかの近隣自治体にも波及してきそうな雰囲気だ。ってことですね。で,妙に話題になってるのは,これが全国初のゲームソフト規制だからだそうな。

主な論点

まず,業界からいわれる点。①表現の自由の侵害だ。②なぜこのソフトだけが対象なのか。(つまり,よりによってこのソフトを規制しやがって…ってことね)。・・・など。
前者の「表現の自由」については,もっともな面もあるのだが,検討できるだけの能力が無いのでパス。後者の問題については,「今回の場合,それは大した問題ではないだろ」と考えるのでパス。*1


次に,一般の規制反対論者からいわれる点。①行政が検閲行為的な規制をかけること自体に対する危機感を抱く。(権力に対して懐疑的な立場から出てくる意見)。②問題なのは,ゲームそのものではなくて犯罪を起こした個人だ。(「ゲーム好き=犯罪者になりやすい」ってのは短絡的過ぎる,というのもこれと大体同じかな。)③科学的な根拠がないなら規制をすべきではない。・・・など。
一つ目のは,まぁ理解できるが,これ以上検討する余地無しなのでパス。二つ目のは,その通りだが,これもこれ以上立ち入る余地無し,パス。で,最後の,科学的な根拠がないなら規制をすべきではないというもの。で,これについて非常に気になったので,少し検討したい。

このエントリの本題

まず,この主張を行政一般の政策に拡大すると,「科学的に確実であると判断できるようなデータがないのであれば,政策課題としてそもそも成立しないのであり,その課題に対して政策を打つのは問題だ」ということになるのではないだろうか。しかし,これは実は行政にとって非常に大きな問題をもたらす。つまり,「事実関係が明白でないと,何の政策も打てない」ということになるからだ。


これって,実はすごい問題ではないだろうか。現実に,科学的な根拠が無かったがためにある施策を終了させたという事例もある*2。また,科学的根拠は無いけれど,その危険性・可能性は高いからとりあえず対処しておくという場合もある*3。でもって,確実な根拠がないからっていうことで対処しなかったせいで行政が責任を問われることだってある*4
つまり,結局は,「明確な根拠は政策を実施するうえで必要なのか?必要だとしたら,どの程度の蓋然性が要求されるんだ?」という問いに行き着くわけです。まぁ,答えは私には出せないので,そこは保留にしておきますが。でも,民主主義を採用しちゃってるから,世論がテキトーなことを要求してしまうと,その方針の下に施策が実施される事だって十分にありえる,というか,これまでにも実際にあったわけで。そこんとこどーよ?と思ってしまう。




最後に,補足として,規制の反対論だけではなく賛成論も取り上げときます。以下が実際に有害指定をした審議の内容,及び,行政の説明です。*5

平成17年 第1回 神奈川県児童福祉審議会社会環境部会の議事録の抜粋


サンプル購入したゲームソフトの中から、さらに青少年の現実的な行動への影響を重視する観点から、次の3つの要件に全て該当するものを今回の諮問の対象とさせていただきました。この要件の1つ目として、殺傷又は暴力の対象が現存の生命体と認められること。2つ目として、殺傷又は暴力の手段が現実に採り得ると認められること。3つ目として、ゲームの画面設定が限りなく現実の社会に近いと認められることです。以上の結果、今回は、対象、手段及び場面のいずれも現実性のあるグランド・セフト・オートⅢの1本を諮問の対象とさせていただきました。(BY 吉岡青少年課長)


今までありました事件の中で、本当に一握りの子どもだと思うのですが、こういうゲームに影響され、実際にそれを実行してしまうという事件が起きておりますことを見た時に、やはり、心のコントロールをする力ができてない、備わってない時に、こういう刺激の強いものを見せるということは、心の中の攻撃性のみが助長されるのではないかというように思っております。正直、私は親として大人として、今日のこのゲームソフトを全く見せたくないと思います。(BY 玉井委員)


ゲームと犯罪の因果関係について,「科学的な証明がなされている訳ではないのかも知れません。」とした上で,「ほんの一部だろうとは思いますが、ほんの少数の子たちが残虐性や粗暴性を助長されるということは、十分あり得るだろうと思います。明確な科学的因果関係の立証がなくても、十分それは予想されるように思います。」(BY 影山委員)
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/seisyonen/jihukusin/bunkazai/kiroku/index17-5.htmより

参照 有害図書指定の告示

*1:ただ,問題になりうるとしたら,県議会の同意を得ずに規制をかけることが可能であるという点。あと,ソフトの選別方法がどのようなものであったかという点。つまり,手続きが非常に簡単なものであるから,知事がその気になれば他のソフトに対する規制を大量にかけることも可能になるかもしれないということ。これらを踏まえると,手続きの透明性とか公平性などという重大な問題にもなると思うが,これも検討する能力が無いのでパス。

*2:乳幼児期のがん検診のことね

*3:BSEの全頭検査なんかを見てると,統計学的には無駄なことをしてると感じる。通常,データってのは調査対象の全てから採取する必要はなくて,その対象集団を近似した結果が得られればいいんだし。逆に,全頭検査はコストがかかりすぎる上に,データの精度が大して良くなるわけでもないのです。

*4:なんかの公害問題に絡む判決とか。うろ覚えだが…

*5:ちなみに,一般の賛成論者の意見は,「残虐性の高いものは規制して当然だ」ということに集約できるかと。これについても,まぁ話自体はもっともだが,それ以上の深みは無いので検討しない。つーか,こういうことをいう人たちって,良心があるのは分かるが,素朴すぎ&短絡的すぎ。だから検討のしようがない。